天日本の建築は古来、柱を中心に捉えてきました。
古い建築様式を残す出雲大社を見ても、
本殿中央の「心の御柱」と前面・背面に立つ柱の3本柱で、
重い屋根の下の棟木を支える構造になっています。
なかでも中央に立つ心の御柱は、建物の中心であるとともに、
神様が降りてくる“よりしろ”と考えられていました。
これは一説によると、原始宗教の樹木信仰(神様は樹木をつたって降りてくる)の
名残ともいわれています。
そして、この御柱の観念を受け継いだのが、民家の大黒柱。
今でも古い家では、柱に家の神が宿るとされ、子供がもたれかかることも許されず、
お正月には大黒柱に松やしめ縄を張って祭るところもあります。
なるほど、一家の主人を「大黒柱」、重要な政策の骨子を「柱」などと呼ぶのも、
柱が精神のよりどころとして尊重されてきた歴史的背景があるからでしょう。
部材を活かすも殺すも、
棟梁の腕しだい

ゆたかな森林に囲まれた日本では、針葉樹を中心にさまざまな木材が建築に使われてきました。
住まいを支える柱や梁などにも、実に適切で理にかなった使い分けがなされています。たとえば、
家の重量を支える土台には腐りにくく耐久性の高い“檜材”を、インテリアの一部になる柱には
美しくやさしい肌合いの“杉材”を。そして、屋根や2階の重量を支える梁には強靭な“松材”を…と
いった具合。かつては木材の使い分けで棟梁の器量がわかるといわれ、木の心(性質)を読み取ることが
重要な条件でもありました。
適材適所の使い分けが重視されているのは、柱が室内の造作材としての役目も果たしてきたから
といえるでしょう。檜の気品、松の味わいなど、それぞれの木材がもつ質感や色調、木目の模様など
が上手に生かされてはじめて、美しい和の空間がつくり出されます。今日では、柱を見せる建築様式も
少なくなりましたが、木をこよなく愛する日本人が磨き上げた和風建築の美は床の間や欄間の意匠
などに受け継がれています。